あの時のことを、僕は、忘れないです。

別に芥川賞を獲ったからというわけではないけれど、中村文則の『遮光』と『土の中の子供』を読んだ。以前に『銃』を読んだとき、なんか綺麗に整いすぎてるよなーという印象はあったわけだけど、デビュー作だからとかいろいろな留保をつけると面白いことは確かだし何となく気になっていた作家だったので。
前に三島賞の選評で島田雅彦が「世界に悪意は満ちていて、その意味でこの作家は一生書くことに困らないだろうけど、いかんせん視野が狭すぎる」みたいなことを言っていて、まあ『遮光』はほんとその通りだよなーと思った。すべてを個人的な問題に回収しようとするのではなく、初めからそこには個人的な問題しかないような、そんな閉塞感が漂っていた。ただ『土の中の子供』を読んでいて、この人は案外自分の「視野の狭さ」みたいなものに関して自覚的で、むしろそこに拘泥しようとしているのではないか、そこからしか始められないと考えているんじゃないかと感じた。
いや、でも『土の中の子供』はよかったです。これはネガティヴ/ポジティヴっていう、物語の孕むベクトルの問題でしかないのかもしれないけど、中村文則の作品の中で一番好き。あからさまにカフカの小説とかが登場したりしてそれだけ作品の端整さは損なわれてしまってるのかもしれないけど、まあこれもあからさまに『銃』と比較できるようなシーンが出てきてそこに中村文則の変化を感じられちょっと鳥肌がたった。いやそれを変化と呼ぶことの妥当性は疑わしいのかもしんないけど、少なくとも「死産された人間」を描き続けてきた作家が(たぶん初めて)「再‐出産」を眼差したわけで、それは私にとってこの人の次回作を読みたいと感じさせるに充分の変化だったわけです。