風邪ひいた

高熱をおして柄谷行人『探求Ⅱ』を一晩かけて読み返した。
いちおうこれからフーコーとかも読み返す予定。
ちなみにこれは友人が主催する勉強会に参加するための作業で、卒論と全然関係がないので困ってしまう。
あとこないだ観られなかった(って言っても別に毎月楽しみに待ってたりするわけじゃないけど)「朝生」の憲法特集を録画したという奇特な友人からビデオを借りて飛ばし飛ばし観た。もはや田原総一郎の司会っぷりは筆舌に尽くし難く酷いなぁーと。それから小森陽一は喋るときに相手のことを指差すけど、あれは普通に失礼だろとも思った。
あと考えたのは、どんな憲法草案ができあがってきても意図的な「誤読」は決して拒絶しえないのであり、そしてそこで問題化されうるのはたぶん政治家の良心に対する不/信任でしかないのではないのかということ。だから憲法改革議論のすべてが無意味だという結論にはならないし、殊に9条や前文などについては「誤読」という問題を捨象しえないというか、してしまうとあんまりに無機的かつ無反省な議論になってしまうだろうなと思う。そこは問題の枠組みとしてもっと開拓していく必要があるわけで、ちょっと卒論がひと段落ついたらこの問題に取り組んでみたい。まあ普通に改憲とかこの状況でどうなのよということは、まず真っ先に思ったりする。