気が触れても彼女と歩いてた

絲山秋子『逃亡くそたわけ』と斎藤貴男カルト資本主義』を読んだ。
『逃亡くそたわけ』は「精神病院」とか「監獄」とか「逃亡」とか、ある意味とっても解釈しやすい小説なんだろうけど、でも思うのはそうした要素とはほとんど無縁に、絲山秋子の面白さってのはまったく綿密じゃない描写によってそれでも物語を進行させてしまう力強さにあるんじゃないだろうかってことだった。もちろんその力強さが先に述べた要素から絶対的に自律してるわけじゃなくて、たとえそれらがあまりに安易に解釈されてしまう事柄だとしても、小説の根底に作者による何らかの企てが見て取れることに支えられていたりもするんだとは思う。

逃亡くそたわけ

逃亡くそたわけ